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MINDIX (マインディックス) 200812月号

実践情報通信 MINDIX
「発達障がい特性に焦点をあてた教育-その現状に対する処方箋-」

『すべての子どもが豊かな社会経済生活を送るために,今できること』

埼玉県所沢市 発達障害・情緒障害通級指導教室
そだちとこころの教室「フロー」教諭
坂本 條樹

1.はじめに

私は現在,発達障がいのある子どものための通級指導教室を担当しています。ここへ通ってくる子どもたちは,全般的な知的能力の発達に遅れはないのですが,発達障がい等に起因する特性から,学校生活において困難が生じている子どもたちです。ですから,知的な発達は平均範囲にある自閉性関連の障がいのある子どもたちも通っています。
 さて,6月号の新井センター長の提言のひとつは,自閉症・発達障がい児の指導にあたる者は,彼らの文化性に歩み寄った指導法や教材の工夫をする必要性があることを訴えたものでした。これは,自閉症等の子どもたちに図らずも「こちらの世界」へ適合することを求めてしまう指導,あるいは,彼らの特性を考慮しない指導が,今でも続けられていることへの警鐘であるとも思います。また,提言のもう一つは,「より質の高い生活に向けて価値ある役割」を「相応した報酬を得つつ」行えるための問いかけ,つまり彼らが豊かな社会経済生活を送るためにはどんな処方箋が必要か,を問うたものでした。
紙面ではここ数回,自閉症・発達障がいの特性に寄り添った指導について各先生方が処方箋を述べられています。ですから私は,彼らが豊かな社会経済生活を送るためにどんな処方箋が必要かについて,全般的な知的能力の発達に遅れはない発達障がい等のある小学生との関わりを通して考えた,私の処方箋を述べようと思います。職業生活を送るにはまだ遠いと思われている小学生段階の発達障がいのある子どもにとっての「より質の高い生活に向けて価値ある役割」とは何か,私見と実践を示して私の処方箋とします。
でもその前に,ちょっと昔話をして第1の問いかけ「自閉症・発達障がいの特性に寄り添った指導」について述べます。

2.自閉性障がいの特性に混乱した新任教員時代

私が自閉性関連の障がいのある子と出会ったのは今から20数年前,新任教員として当時の養護学校へ着任した時でした。私は,「自閉児」で編成した小学校高学年のクラスを担任しました。
ある授業の時,私はタケシくんの担当をしました。私は現実感あふれる絵カードを指導に使いたくて,スーパーマーケットの新聞折り込みチラシから実物写真を使った品物絵カードを作りました。しかし,タケシくんは,絵カードの写真には関心を示さず,切り取って台紙に貼った写真の輪郭に爪をあてて,しきりにはがそうとしていました。品物の写真に余白を残した切り方をしてしまったために,輪郭に特別な意味がでてしまったのでした。そして,タケシくんにはその不思議な輪郭の形は十分魅力的なもののようでしたが,写真の品物自体は意味がないものになっていたのでした。しかし,先輩の先生方の助言に従い,品物の形そのものを正確に切り取り,カード全体をビニールコーティングすることで,タケシくんにも納得してもらえる絵カードができあがりました。
また,マサルくんは,給食で出る大根はぜったいに食べませんでした。でも,調理学習で自分が切った大根入りの豚汁はおいしそうに平らげました。どうやら,硬くて太い大根が,包丁で切って薄い小片になっても「大根は大根である」ことがわかると安心して食べられるようでした。
このように,自閉症ゆえの特有な感覚・知覚についても,戸惑いながら事がおこってから,あわてて準備をしなおしたりすることも多くありました。そして,指導者側はさまざまな「自閉ワールド」に歩み寄っていきました。そうすることで,彼らが自信を持ってやれることが増えていったからです。
自閉症・発達障がいの特性に寄り添った指導がなぜ必要なのか?それは,「自信を持ってやれることを増やす効果がある」からです。そして,自信を持てるようになることは,彼らがうまく生きていく上での基盤・前提になります。そして,この「安心・自信・できる」という感覚を育てていくことが彼らの将来の生活の質に大きく影響します。「多勢に無勢」という言葉がありますが,多数派の感覚・知覚の世界に基準を設けてそれに届かない,という考え方はお互いが不幸になるだけです。

3.豊かな社会経済生活を送るための処方箋

 国立教育政策研究所生徒指導研究センターがまとめた,「すべての子どもたちの職業感・勤労観を育むために−児童生徒の成長に応じた学習プログラムの枠組み−」(2003)では,子どもの職業的発達に関わる能力を4つの領域に分け,小学校低学年から身につけることが期待される能力を示しています。報告では,4つの能力領域をそれぞれ2つずつの下位能力に分け,合計8つの能力を提言しています。その能力とは,「人間関係形成能力(自他の理解能力・コミュニケーション能力)」,「情報活用能力(情報収集/探索能力・職業理解能力)」,「将来設計能力(役割把握/認識能力・計画実行能力)」,「意思決定能力(選択能力・課題解決能力)」です。
これらの能力は,自閉症・発達障がい児が抱える困難さのおおもととなっている部分と重なることがわかります。つまり,彼らはかなり不利な状況から職業的発達をスタートしなければならないのです。そこで,以下に私の考える処方箋と通級指導教室での実践を紹介します。

<処方箋1> 小学生の段階から将来の生活の質をイメージした指導を行う

将来,職業を持ち生計を立てて生活をすることは,すべての子どもに期待されます。社会の中では,命に関わる病気の人以外は誰もが働かなくてはならないのです。小学生にとって実際の就労はまだ先のことかもしれませんが,社会経済的に自立していくための基礎的な力は,小学生段階でも見つけることができます。小学生段階での経済的自立については処方箋2で述べますので,ここでは社会的自立の基礎について通級指導教室での実践を紹介しながら考えます。
通級指導教室に通ってくる子どもは,教室へ通じる玄関のチャイムを押して指導教室への来訪を知らせます。玄関には鍵がかかっているからです。そして,あいさつとどこの誰が来たのかを告げなくてはなりません。当然,適切にあいさつと来訪を告げられると,どこが良かったかがフィードバックされ,誉められます。
また,運動課題としてビーチボールバレーやミニテニスをしています。なるべく多くラリーを続けることが目標です。ラリーが長く続くためには相手を意識しながらボールを打つことが求められます。また,『自分の失敗には「ごめん!」相手の失敗には「いいよ」や「ドンマイ」の声をかける』という社会的声がけの実践もめあてにしています。ラリーの最中には,どちらの失敗とも判断がつかないミスが出ます。そのような時は,お互いに「ごめん」「こっちこそごめん」という,いわゆる「うかつあやまり」をその状況に結びつけて実践させます。こういった実際の場面に頻繁に遭遇させることで習慣化させるのです。ソーシャルスキルの基礎を教えて応用させるのではなく,応用してから基礎を枠づけるのです。高機能自閉症と診断されたサトシくんは,活動の終了時刻に厳しいのですが,指導者の勘違いで学習時間が不当に延びてしまったときに,「ごめん!時間を間違えちゃった!」と謝ると,「ドンマイ!」といってプレイスペースへ移動していきました。また,バレーボールやテニスが上達することで,生涯にわたる余暇利用や地域レクリエーション活動への参加につながればよいと考えています。
通級時間は90分が1セッションです。小学生にとって連続する授業としては長時間です。ですから,リフレッシュの意味も込めて途中で10分間のお茶の時間を毎回入れています。お茶は子どもが入れます。自分たちの分だけでなく通級に同行している保護者や別室の職員室にいる他の先生にもお茶を出します。お盆に茶碗をのせて運び,親子関係であっても「お茶が入りました,どうぞ」という社会的ふるまいを求めます。また,職員室入室の際にも入室挨拶と茶を勧める言動を言わせます。そして,お茶を入れることに慣れてくると家庭でも実践することが宿題になります。近所の人が家に来た時や,家庭訪問の際には担任の先生へお茶を入れます。親のしつけが悪い,あるいは礼儀を知らないと見られていた子が,けなげにもお茶を出してくれるのです。すると学校や地域で,その子への見方変わります。見方が変わると,ずっと生きやすくなります。
これらの取り組みは,将来の社会生活,とりわけ社会参加や職業生活との関連が強い活動ととらえています。あいさつをはじめとするコミュニケーション能力,人間関係を築く力になります。また,割り当てられた仕事や活動に取り組み,やり抜く大切さや,自分の行いの意義が認識されていきます。これが,小学生段階の子どもたちにとって,将来の社会的自立の基盤を作っていくと考えています。
知的障がいのない自閉症・発達障がいのある子どもについて述べてきましたが,知的障がいのある子どもの指導でも日常の活動を「将来の社会的自立」という視点で見直せば,必ず意味のある活動が見つかります。指導者が将来へのつながりを意識して取り組むのと,そうでないのとは大違いとなります。

<処方箋2> 「がんばればよいこともあるものだ」を明確にする

「いつから,仕事に生きる特徴を磨き,報酬をもらい,好みの活動(趣味活動)にお金を使うという経済活動を経験させることが必要なのでしょうか。」6月号で,新井センター長は問いかけています。この課題にも,子どもの年齢なりの経済活動が考えられると思います。もちろん,お金を使って消費行動をする経済活動は最終形と位置づけられます。そして,小学生段階ではその最終形を意識しながら,「がんばればよいこともあるものだ」ということを実感させることが良いと思います。経済・消費を意識すると,いわゆるトークンのような形の報酬を使うことで具体的に効力のある経済的活動を実感させることができると思います。トークンは一般的には目的行動の生起頻度を高める方法として使われますが,トークンのもう一つの側面である経済活動としての価値も重要です。
通級指導教室では,学習課題のうち処理速度を求めた課題について,あらかじめ決めた時間よりも早く終了できた場合に,がんばって時間短縮した分の「タイムコイン」がもらえることになっています。10分でやり終える約束の課題を8分で終わらせることができれば2枚のコインをもらえるのです。このコインを使うと,1枚1分間の換算で通級時間の最後に設定されている20分間のフリータイムを増やすことができます。しかし,コインを執行するかどうかは,通級時の冒頭で今日の予定を確認するときに宣言しなければなりません。子どもはコインを得るために,普段とは異なるような格別な努力をします。そして,自分の努力のたまものであるタイムコインをとても大切にします。何十枚ものコインを貯めて,ある回の通級時間をすべてフリータイムにしようと計画・努力する子もいれば,自分の体調や気分が乗らないときのリフレッシュやストレス解消に小出しに使う子もいます。ここに,(1)がんばって(2)報酬をもらい(3)好みの活動に使う,という経済活動のサイクルが再現されます。
形式や手法はどのようなものであれ,「がんばればよいこともあるものだ」が明確になっていることが,意欲の源泉になります。そしてこれが,生きていくことがどのような意味を持つのか,社会においてがんばる(働く)ことが果たす役割は何かといったことをも見いだしていくことになると考えます。

4.おわりに

社会情勢や経済の好不況によって,実際の就労は大きく左右されます。また,就労する年齢に近づいた人と関わっている皆さんが,就労先を求めてさまざま状況で尽力されているご苦労は分かっているつもりです。すべての子が,それぞれの特性や年齢がちがっていても,近いあるいは遠い将来に社会経済的に自立している姿を思い浮かべながら,今できる支援を実践したいと思っています。

参考文献:「すべての子どもたちの職業感・勤労観を育むために−児童生徒の成長に応じた学習プログラムの枠組み−」(2003)国立教育政策研究所生徒指導研究センター

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